

歌い手。1980年2月28日、埼玉県所沢市生まれ。2002年頃より、JAZZクラブでの活動を始める。 多種多様なミュージシャンとの演奏活動だけにどまらず、演奏家以外のパフォーマーとの共演。エフェクターとマイク1本でパフォーマンスを行なう"Voice Solo"など、歌い手としての"声"を追求する音楽活動を、日本全国で展開中。2010年10月にはサンフランシスコ、香港でVoici Soloライブを行い、大成功を収め数多くのオーディエンスを魅了した。レギュラーで活動するユニットとして、Tommy Campbel(Dr)がリーダーを務める"Vocal-Eyes Session Band"、岸徹至(B)がリーダーを務める"strandbeest(ストランドビースト)"、阿部篤志(P)とのデュオ"音の葉∞言の葉"、などがある。また、自身の原点回帰をキーワードにオリジナル楽曲を演奏する"groovetribe!"での活動も展開中。時代やジャンルの枠を超えた、柔らかくも情感あふれる歌唱と、「知らない誰かではなく、自分の知っている人を増やしていく」という彼のスタンスは、幅広く支持されている。

東京生まれ。マーサ三宅に師事し、師の主催するヴォーカル教室の講師となる。ジャズシンガーとして、その確かな歌唱力と、人柄のあふれる暖かく楽しいステージは好評で、首都圏各地、また地方のライブハウスなどで活躍中。精力的にコンサート活動も行い、その活躍を認められ、1992年度のツムラジャズボーカル賞の新人賞を受賞。NHK-FMのセッション出演。湘南ビーチFMの人気番組One night stand by the seaに毎月レギュラー出演。JCBカード、オートバックス、デジカメFinepix、Disneyland,エビス黒ビール、日産AVM編、等のCMソングの分野でも活躍。1999年、人気ギタリスト岡安芳明氏のアルバム`Good Life`にゲストシンガーとして参加。2001年、Swing Cats Recordより、三槻直子ファーストアルバム`A Song of a dolphin`をリリース。ハービー・ハンコックのDolphin Danceに自ら作詩をして、収録。完売の好評を博す。2003年、5月18日セカンドアルバム`Dedicated to you`発売。世界的トランペッター大野俊三氏をゲストに迎え、ピアニスト後藤浩二のオリジナルDedicated to youに自ら作詞して収録している。

ロマンチックな表現力とハイレベルな歌唱力で日本のジャズシーンを代表する実力派ヴォーカリスト。07年に発表したアルバム『クロース・トゥ・バカラック』が新たなバカラック・スタンダードとして高い評価を受け、【第41回(2007年度)スイングジャーナル主催ジャズ・ディスク大賞ボーカル賞】を受賞。08年ボサ・ノヴァ誕生50周年のメモリアル・アルバムとして『バトゥカーダ~ジャズン・ボッサ~』を発表。自身三枚目となる《ゴールドディスク》を獲得するとともに【第42回ジャズ・ディスク大賞ボーカル賞】を受賞。09年『シング・ワンス・モア~ディア・カーペンターズ~』を発表。10年1月【第25回ジャズヴォーカル賞・大賞】受賞。11年2月には伝説の歌手ナット・キング・コールに捧げたトリビュートアルバム『モナ・リサ』を発表。自身初のオリジナル曲『ファー・コール』も収。コンサート、ライブ活動以外にもラジオパーソナリティ、コラムニストなど多方面にわたる活動を展開中。

古きよき時代のアメリカのスタンダードナンバー、スイングナンバーからポップスまで幅広いレパートリーをもち、原曲の心を大切にした歌唱表現は、透明感のある声、語学力(関西外国語短大卒)のセンスの良さも合い重なって、聞く人に暖かく包みます。ヴォーカリストとしての活躍のみならず、TVのリポーター、ラジオのディスクジョッキー、パーソナリティとしても活躍。FM大阪、朝日放送、近畿放送、ラジオ関西、ラジオ日本、そして現在西宮のさくらFMにてDJを務める。

愛知県在住。ケイコ・リーの指導のもと、1997年から名古屋を拠点に活動開始。ハスキーなローヴォイスが個性を際立たせている。2004年から翌年にかけて、CBCラジオ(中部圏中心)のパーソナリティを務める。2005年に、1stアルバム「エントランシング」(Pf:水野修平、Dr:大坂昌彦、Tb片岡雄三)をリリース。同メンバーと共に、愛知芸術劇場にてファーストジャズコンサートを開催、大成功を収めた。2006年、ジャズミスト/jazzMist(ジャズと弦楽四重奏とのコラボ)の活動をスタート。2006年、夏に単身渡米し、Western Michigan大学にてvocal improvisationの講座を取る。その後、ケンタッキー州のThe University of ouisvilleで、Jamey Aebersold Summer Jazz Workshopに参加、意欲的にジャズを探求している。2007年7月、トロンボーン奏者の向井滋春氏と、愛知芸術創造センターにてジョイントコンサートに出演。2008年4月、2ndアルバム「ハート・ストリングス」をリリース。2011年4月30日、名古屋ブルーノートにて単独ライブ。2011年5月、3rdアルバム「SCARLET / スカーレット」リリース。1stアルバムで共演したDr大坂昌彦を迎え、弦楽も加えた渾身作。

2003年9月初めて聴いたJazz Liveに感動。以後、様々なジャズのCDやライブを聴くうち自らもジャズプレイヤーを志すようになり、発声を鈴木和美氏、磯野久仁子氏に、ジャズボーカルの基礎を三槻直子氏に師事。2004年4月初ライブ、東海地区の主要ライブハウスでジャズ・ヴォーカリストとして活動を開始。若手ヴォーカルだが個性的な選曲に加え、豊富なレパートリーを持ち、その支持層を確実に広げている。2008年2月、ホワッツニューレコーズレーベルより1stアルバム「YES」が全国発売。スイングジャーナル誌2008年度ジャズディスク大賞にノミネートされる。同年8月、グレイスノーツレコーズより全国発売された「ジャズボーカルショウケースVOL.1」に参加、好評を得る。愛知県豊田市出身。2011年6月にセカンドアルバム「river」リリース。

2008年12月 米・バークリー音楽大学ジャズコンポジション科卒業在学中、教授陣の推薦によりトップ5%以内の学生に贈られるBerklee Voice Department AchievementAward受賞。ジャズはもとよりR&B、ゴスペル、エレクトロニカ、現代音楽、映画、ゲームなど幅広いジャンルで活躍。セルビア現代音楽の巨匠VukKlenovicに見いだされ、実験的現代オーケストラ「ElectricSymphony」のワールドプレミアにソロボーカリストとして抜擢されるなど高い評価を受ける。卒業後ニューヨークに拠点を移し、NicolaConte等とのコラボレーションで知られるイタリアNu-jazzシーンの主要プロデューサーUgo De Crescenzo(TotalWipes)、ブルックリンを拠点とし様々なDJプレイ、トラックメイキングで活躍するDJ Baked Potato(AbstractRhythm)らと楽曲を制作。2009年10月帰国、東京を拠点に活動し、現在は高橋佳輝(e-bass),朝田拓馬(guitar),望月敬史(drums)とアルバムを準備中。国内でのライブ出演は大阪ブルーノート、モーションブルー横浜、東京JAZZ/Marunouchi Jazz Circuit、渋谷clubasia、渋谷JZ Bratなど多数。レコーディング参加/歌詞提供:コナミ"Metal Gear Solid PortableOps."主題歌「Calling to the Night」、フロム・ソフトウェア"NinjaBlade"主題歌「Beanstalk」(歌:小柳ゆき)など多数。

クラシックピアノを8歳から学び、小さい頃から音楽に興味を持つ。神戸女学院大学卒業後、甲陽音楽学院に入学し、特別奨学生としてジャズボーカルを2年間学び、2007年1月バークリー音楽大学に入学。パフォーマンスを中心にアレンジ、作曲を学び、2009年5月バークリー音楽大学プロフェッショナルミュージックメジャーを卒業。全学期にわたり「Dean's List(優等生名簿)」にリストアップされ、Magna CumLaudeの優等学位を得て優秀な成績で卒業する。2009さいたま新都心ジャズボーカルコンテスト、2010岡崎ジャズボーカルコンテスト、共にグランプリ受賞。現在は東京に拠点を移し、ジャズボーカル講師を勤めながら、都内を中心に各地でライブ活動を行い、精力的に活動中。2011年3月ピアニスト柳原由佳とのユニット、ふたつゆ「はるいろ」にてメジャーデビューを果たす。

大阪大学文学部卒業後、会社員生活を経てバークリー音楽大学へ留学。在学中、New york voices scholarshipを受賞。Professional Music Majorを首席で卒業、帰国。帰国後「神戸ジャズボーカルクイーンコンテスト」にて入賞、「さいたま新都心ジャズボーカルコンテスト」にてグランプリ受賞。

3歳からクラシック・ピアノ、ヴァイオリン、バレエを習いはじめ、4歳で初めてのピアノ・コンクール入賞。9歳で夏期留学したパリではピアニスト、ルセット・デカーブ氏に師事。日本語、英語、ドイツ語、フランス語に堪能で、1997年にはドイツに留学。トップの成績で入学したドイツのフライブルグ国立音楽大学ピアノ部門卒業後、2001年、大学院に進学して音楽研究の研鑽を積む傍ら、コンサート活動を続ける。2003年帰国後は、ジャズ&ブルースをルーツにする実力派ピアニスト兼シンガーとしてライヴ活動を国内でスタート。愛くるしいキュートなルックスと持ち前の親しみやすいキャラクターで、忽ち人気者となる。2006年10月に発売された『The Look of Love』では、若手ミュージシャンを起用し、「キャラヴァン」や「マイ・フェイヴァリット・シングス」などのスタンダード・ソングから「マイ・ウェイ」、「リボン・イン・ザ・スカイ」などのポップス曲まで幅広く歌い上げた。

ニューヨークを拠点とし国際的にライブを展開。1998年渡米、ワニタ・フレミングに師事しつつ独学でジャズに取り組むうち、ブルーノート、レノックスラウンジなどの有名クラブや、米国各地のジャズフェスティバルへの出演を獲得。ニューヨークポスト紙(2011年5月)、朝日新聞AERA誌(2007年1月)など著名メディアにてインタビュー多数。2007年CD「One Love」を発表、日本及び欧米にて高い評価を得る。2010年作品CD「VOICE」では「Cantaloupe Island」「Infant Eyes」「BIWAKO~琵琶湖周航のうた」「蘇州夜曲」等を収録、全米120社のラジオ局でとりあげられる。2011年にはニューヨークのスポーツイベントにて米国国歌を独唱するなどさらに活動の幅を広げている。1999年サテンドール神戸ジャズ・コンペティションにてグランプリ受賞、2008年NYCジャズモービル主催ボーカル・コンペティションのファイナリスト。

愛知県安城市出身。4歳よりピアノを始める。愛知県立芸術大学声楽科に進学。卒業後ジャズに目覚めジャズボーカリスト植田ひとみ氏に師事。安城ニューカントリージャズオーケストラのボーカルとして活動を開始する。その後ピアノを弾きながら歌う独自のスタイルで活動を開始。ジャズからコンテンポラリーまでジャンルは幅広く、近年ではスイングジャーナルジャズ読本、中日新聞等に掲載され、中京テレビ「ゲンキのトビラ」 Radio-i「Ri-jazz」はじめ複数のラジオ番組に出演。2010年12月 1st Album「Love; needing to be loved」発売。現在、ジャズフェスティバルや東海地方のライブハウス等で活躍中。また音楽療法やボランティア活動、専門学校講師、音楽スタジオでのボーカル・ピアノ講師にも意欲的に取り組んでいる。

12月2日横浜生まれ、横浜育ち音楽をはじめるきっかけは、大学時代。白と黒のクラシックな舞台衣装に憧れて女声コーラス部に入部する。教会で賛美歌などを歌いながらアンサンブルの楽しさ、声の持つ威力を肌で感じる。20歳のとき、はじめてジャズの生演奏を聴く。一瞬にしてジャズの虜になる。社会人になり、念願のジャズボーカルを習い始める。『人の心に届く歌をうたいたい』という思いを胸に、2007年より東京・横浜でライブ活動開始。2011年5月神戸ジャズボーカルコンテスト本選に出場。2011年12月に待望のデビューCD(向井滋春プロデュース)をWhat's Newレーベルから発売します。

愛知県出身。“ようべ”の愛称で名古屋のジャズ界から愛されるシンガー。名古屋音大卒業後にジャズに出会い、弾き語りを始める。ヤマハでジャズボーカル教室の講師を務めた後、カナダへ留学。様々なジャズ・ワークショップに参加し、シーラ・ジョーダンやシャラダ・バンマンらに師事。帰国後の2006年に峰厚介、和田直、後藤浩二トリオとデビューアルバム『A House is not a home』をレコーディング。スタンダードジャズやポップスのカバーだけでなく、オリジナル曲の質の高さにも定評がある。そして2010年、待望のセカンドアルバム『LUC(ルーク)』を発売。ソフィー・ミルマンやニッキーを手掛けたプロデューサー、ポール・シュロフを迎え、カナダ・モントリオールにて録音。

愛知県名古屋市出身。幼少の頃は琴を習い、JAZZとは無縁の生活を送る。社会人となりアパレル関係に勤めるが、2002年、あるJazz Liveで涙が止まらない程の感動を覚えこの世界に入りたいと強く願う。2003年 名古屋を代表とするプリスカ・モロツィーを師事。2007年 1月より、市内老舗のライブハウスでジャズボーカリストとして本格的に活動を開始。東海地区中心に現在活動の幅を広げている。スタイリッシュながら、素直な人柄あふれるステージは好評を得ている。

フィリピン・マニラ出身。1992年、サリナ・ジョーンズと出会い、賞賛される。1994年より名古屋城夏祭り(ジャズ・イン・名城)、ZIP−FMのイメージシンガー、中京テレビ25周年感謝クルーズ、阪神大震災チャリティーコンサートなどに出演。1997年、愛知県芸術劇場大ホールにてジャズインナゴヤ・ビッグバンドをバックに熱唱、満員の観客から大声援をうける。同年、トリオ・ロス・パンチョスとも共演。また、ウェスティンホテルナゴヤキャッスルのクリスマス・ディナーショー出演など、中京地区のホテル、ライブハウス、各種コンサートなど幅広く活躍中。レパートリーはジャズ、ポピュラースタンダードなど500曲に及ぶ。

三重県出身、現在、愛知県名古屋市在住。音楽好きの母、叔母の影響で幼少より音楽に興味を持ち、3歳よりピアノ、9歳より電子オルガン、14歳より声楽を学び、音楽高校、音楽短大を卒業。卒業と同時に、音楽講師、ピアノ弾き語りにて音楽活動を開始。卒業後、ほぼ独学でジャズヴォーカルの勉強を始め、平成5年地元三重県で初ライブ、以後さまざまなミュージシャンと共演、コンサート、ライブ、ディナーショウ、ジャズフェスティバル等に出演、キュートでムーディ、ちょっぴりセクシー!?で華やかなステージ、確かな歌唱力、親しみやすい人柄を感じさせるトーク等ステージングの良さに定評がある。H.7~9年FM三重にて「気軽にスゥイング」パーソナリティ担当2009年秋、4年振りのセカンドアルバム「Still Of The Night」をジャズピアニスト中嶋美弥率いる「Dear Blues」と共に制作し、リリース、好評発売中。

ポップスのライブ出演中にドクタージャズこと内田修氏の目にとまりジャズに転向。小さな体からは想像がつかない天性の歌声と確かな歌唱力、飾らない親しみ深い人柄で人気を集めている期待のボーカリスト。「Amazing Grace」等のゴスペルやビートルズの「Come Together」までスタンダードのみならず多様なジャンルに挑戦している。2009年10月待望のデビューアルバム「Dear」をリリース。スウィングジャーナル誌の女性ボーカル部門人気投票で全国18位にランキングされる。共演者は多く、森山威男(Dr)、田中信正(P)、音川英二(Sax)、望月英明(B)大口純一郎(P)、井野信義(B)、原大力(Dr)、米木康志(B)吉岡秀晃(P)、青木弘武(P)、竹下清志(P)、荒巻茂生(B)多田誠二(Sax)、畑ひろし(G)、岡田勉(B)、他多数。2009年4月~5月にかけての「4DAYSスペシャル デュオライブ 村上ポンタ秀一」で4日間、村上ポンタ秀一(Dr)と共演する。

岡崎市能見町生まれ。米国カリフォルニア州サニーベール市在住。2002年の春からジャズを歌い始め、デ・アンザカッレジのロジャー・レトソン教授に師事する。サラトガ市にスタジオを所有し、そこでのコンサートの他に近隣のレストランやコーヒーハウス等にて演奏活動を行っている。2008年から故郷である岡崎市のジャズフェスティバル「岡崎ジャズストリート」に毎年出演。それに伴い一年に一度日本ツアーを敢行し、2008年には新進のギターリスト、フリスト・ビッチェフと、2009年にはジャズギターの吟遊詩人と呼ばれるジョン・ストーウェル氏と共演する。

5歳から17歳までピアノを習う。早稲田大学では一転、スポーツに没頭し(ボート部)、音楽に接する機会は「カラオケ」のみだった。しかし卒業後「やはり自分には歌が合っている」と確信し、ライブ活動を始める。多ジャンルに渡る演奏で経験を積む中、スティーブと出会い、ジャミン・ゼブを結成。グループの最年長、リーダーとして、個性的なメンバーたちをまとめている。繊細な表現力が魅力。

父が日系アメリカ人、母が日本人。スティーヴはミドル・ネーム。慶応大学在学中は、ワグネル・ソサィエティー男声合唱団において学生指揮者を務めた。指揮法を故・北村協一氏に師事。全米バーバーショップ・ハーモニー協会会員。ジャミン・ゼブでも、コーラスのまとめ役として一役買っている。素直で伸びやかな声質が特徴。低音から得意とするファルセットまで、その声域の広さは驚異的。

父が日本人、母がメキシコ人。高校時代から歌い始め、ア・カペラ・グループを組んで活動する。大学の先輩であるスティーヴからジャミン・ゼブに誘われた結果、慶応大学時代はプロ活動と学業との両立に忙しい日々を送った。恵まれた体格から発せられる太い低音は、誰にもまねすることができない。メンバー中最年少ながら常に冷静で物事に動じないため、"一番オトナ"と一目置かれている。

父が日本人、母がオーストラリア人。オーストラリア、ゴールドコーストの出身。5才よりピアノを習う。12歳でコーラスを始め、グリフィス大学クイーンズランド音楽院で作曲とエンジニアリングを学ぶ。豪でバーバーショップをはじめ、数々のコーラス・グループに参加。2006年、東京に居を移してすぐに、コージロー、スティーヴ、シモンと出会った。ややハスキーなハイトーンと、ネイティヴの英語が、ジャミン・ゼブの個性に大きく貢献している。作詞・作曲・アレンジにも才能を発揮し、ジャミン・ゼブ以外にも、中島美嘉らに楽曲を提供する。

イスラエル人の父と日本人の母を持ち、神戸で生まれ育つ。《ギラ》はヘブライ語で「喜び」という意味。米国「バークリー音楽大学」にてジャズボーカルを専攻後、1991年から国内で音楽活動を開始。関西を中心にコンサート、レコーディングで活躍する。一方、テレビ゛、ラジオのパーソナリティーとしても抜擢され、レギュラー番組も多数。大阪ABCテレビでは朝番組で宮根誠司アナのアシスタントも務めるなど、お茶の間でも親しまれた。神戸で被災後、東京に拠点を移動。ライブ活動に加え、ラジオパーソナリティー、英語教材録音、英訳作詞家、ゴスペルクワイヤー主宰など、多才な活動を展開している。CMレコーディングにおいては、2004年のトヨタ「eco-car」をはじめ、ハウス「とんがりコーン」、日興コーディアル証券、花王ソフィーナ、東京三菱UFJ銀行、JR東日本、ビオレライムオレンジなど多数。最近では、全日空CM「夢見るヒコーキ」にて`Fly me to the moon'を歌っており、彼女の歌声は広く浸透している。現在、洗足学園大学JAZZ科講師。

大分県出身の横浜育ち。JAZZシンガーの母親とフルート奏者の父親の影響を受け、幼児期はJAZZ、RYTHEM&BLUESを背景に過ごす。高校時代に米国に留学。この頃、ヴォーカリストとしてバンド活動を開始し、卒業式ではアメリカ国歌を独唱した。「上智大学外国語学部イスパニア語学科」卒業後、プロ活動を本格的に開始。JAZZ、FUSION、R&B、ラテン系音楽、ポップスなど幅広い独自のスタイルと、強いグルーヴ、そして甘くハスキーな歌声にファンが多い。現在、東京を中心にライヴ活動をする傍ら、様々なアーティストのライブや録音にゲスト参加。また、最近ではNHK連続テレビ小説に挿入歌を提供するなど、創作面でも多彩な活動を展開している。

74年、横浜市出身。早稲田大学在学中の97年、アカペラグループ「トライトーン(TRY-TONE)」のメンバーとしてプロデビュー。2008年グループを脱退し、国内初のジャズボイスパーカッションとして活動を始める。納谷嘉彦(pf)、クリヤマコト(pf)、里見紀子(Vln)などのグループに参加する。国際的には、「韓国国際打楽器祭(2009年)」、「台湾国際合唱コンクール(2008年~)」、「香港青年協会主催アカペラプログラム(2009~)」、「Vocal Total アカペラコンクール(オーストリア:2010年)」などにデモンストレーターとして出演している。また、国内外でのワークショップも多数行い、技術普及・発展にも力を注ぐ。現在、アカペラ連盟「Vocal Asia(本部:台湾)」の日本代表。

1971年5月14日生まれ、牡牛座。Sinatraを愛し・Slidersに憧れ・Sloe Ginを好む・40歳 B型。SWING MUSICが我街にあふれ、SATIN DOLLがステキな社交場になるように・・・ と、日々に歌い続ける・ニ黒土星・重篤なる気分屋。